« アウェイ仙台戦 | トップページ | Bubby’s横浜 »

2012年9月 8日 (土)

被災地へ

今回仙台へ行ったのはサッカー観戦ももちろんあったのですが
東日本大震災の被災地を自分の目で見たいという思いもありました。

2日目は仙台からレンタカーを借りて見に行こうと計画していて、
前日、仙台の街中で街頭署名をしている団体がいたので署名したら
「川崎から来られたんですね」とおじいさんに言われたので
「仙台は初めてなんです」と答えたら
「仙台はもうほとんどなんでもないように見えるけど、ここから東に向かうとまだまだひどいことになっててね、是非見てきて下さい」
とおっしゃられていました。


翌日午前中にレンタカーを借りて仙台から松島を通って石巻へ向かいました。

松島へ行くまでには道路もほぼ正常で、とくに目立った傷跡もなく。

急な坂道を下ると松島が見えてきました。
Img_1209
日本三景に数えられる松島は、小島が浮かぶ美しい景勝地です。
観光地なので、海沿いには沢山お店が出ていて、大勢の観光客でにぎわっていました。

松島付近は水深が浅い事と、多くの小島が緩衝材となって津波の威力が弱まり、
他の地域よりも被害が少なかったそうです。

松島を抜けて、谷戸が広がる田園地帯を行きます。
美しく広がる黄金色に輝く田んぼ。
Img_5380

この収穫前の黄金色の田んぼの風景からある一定の区間に入ったら急に景色が変わって違和感。

Img_5383_2

広がる荒野。
ここは稲作が行われていないんだ、もしかして津波の塩害で畑をやっていないのかな何て考えていたところ、

場所は東松島市。
石巻港を目的地にカーナビを設定していたので、国道を走っていて
夫に「次を右折、そうすると左にガソリンスタンドがあるから・・」と言った瞬間
道がガタガタっとなって、あるはずのガソリンスタンドの姿はなく、
車が停止した瞬間目に飛び込んできたのが津波の被害を受けた家の数々でした。

車を降りて、感じた感覚は衝撃的でした。


荒野に点々と残る、家々。

窓ガラスがなく、家の中が丸見えで、照明やピアノ、食器など
そこで生活していたまま、被害を受けたまま残されていました。

道はかろうじて工事車両などが通れるように砂利道のようにはなっています。

新しく立派なお家が多く、きっと素敵な家だったんだろうなぁと感じさせる。
それを一瞬で奪い去った津波。

今まで写真や映像で見てきた被災地だけど、実際その場に立ってみると
そこでしか感じられない感覚がある。

目の中に入ってくるもの全てが被害を受けていて、
風の音や、そして一番感覚に訴えてくるのが嗅覚。
何とも言えない潮の匂いがする。

言葉を失う光景とはまさにこの事で、何も言えない。

涙が出そうになったけど、安全な所で生活して被災したわけでもない私が泣くのはおかしい、とこらえた。

Img_5389

Img_5395

Img_5398

Img_5400

Img_5401

Img_5402

Img_5388

Img_5391

この光景が東日本の海岸線何百キロも続いていると思うと途方もなく感じた。
これだけ範囲が広くて、片づけるのだけでもあと何年かかるのだろうと思う。


石巻に入る所では、橋が崩落したまま残っていた。

そして車を走らせると目に入るのは所々に集積されている瓦礫の山。
Img_5406

Img_5407

まだ色々な所に種別ごとではあるけれど、車だけだったり、金属だけだったりの物凄い数の瓦礫の山ができていて、
一年半たった今でもまだまだ、という感じがする。

石巻の海岸付近から石巻駅へ向かう途中の旧北上川の中州にある石ノ森漫画館へ寄ってみました。
案内を見ていると、一人の年配の女性に話しかけられました。
群馬から一人で被災地を見に来たらしく、しばしお話しました。

Img_5408
ここの中州も津波にやられて、現在は復旧作業に入っていました。
Img_5420

Img_5419


仙台へ戻る途中に塩釜にも寄ってみました。
港のあたりも地盤沈下しているのか、海水があふれ出してあちこちに水たまりができています。
Img_5430

Img_5433

Img_5436

防波堤もよく見ると継ぎ目がずれているし、途中から沈んでしまっていたり傷跡が残っています。
このマリンゲート塩釜のある塩釜港も当時の写真をみると相当な被害でした。
Img_5427

車を走らせて感じたのは、津波が来たか、来なかったかで被害の大きさが全く違うということ。
もちろん地震の揺れによる被害もあったでしょうが、この津波の破壊力というのは尋常ではないものでした。

新幹線の時間の関係もありそんなに広範囲に見る事ができなかったので
今度は他の県の現状も見てみたいと思いました。

百聞は一見にしかず

被災地をこの目で見て思ったのは正にそれでした。
百聞でも足りないかもしれない、千聞でも万聞でももしかしたら。

上記の自分で撮った写真を見ても、実際のあの感覚というのが全く写っていない、伝わらない、と思う。

あの空気感、感覚。

それは実際あそこに立ってみないと全くわかることのできないものでした。

一年半建ってまだまだ復興は必要で、支援も必要。

地元の方に私は「頑張って下さい」なんて言えない。
だって実際彼らは頑張っているし、なのにあちこちで「全国の皆さん支援をありがとう」とそういうメッセージを沢山見かけた。

私は被災地にボランティアに行きたいと思っていたのに結局できなくて、
でもこうやって現地に直接行ってそこでお金を使うことぐらいしかできないけど
これからもどんどん東北の物を買いたいと思った。

被災地に行ってみる、行ってみないは個々の判断だけれど、
たとえ興味本位で行ってみたとしても、あの光景を見てしまうと多少でも考えがかわると思う。

もし行ってみよう、と少しでも思う人がいたならば、絶対に行った方がいい。
私も結局行くまで一年半もたってしまったけれど、遅いという事はないと思う。

東北は人も優しいし、ご飯もお酒も美味しい。
私達は観光で訪れて、そこにお金を落としていくだけでも支援になるはず。

|

« アウェイ仙台戦 | トップページ | Bubby’s横浜 »

コメント

一年前にはさぁ、一年たったらいい加減瓦礫なんか片付いてると、思ってたのに。
建物まで完璧に建て直せているとは思ってなかったけど。

早くなんとかしないと。
こんな景色のなかじゃ、頑張れないよ。
とはいえ、自分の出来ることなんて、限りがあるし。

知ることっな、大事だね。

投稿: ゆーき | 2012年9月 8日 (土) 18時26分

>ゆーきさん

私も実際行くまで、まだこんな状況だって思わなかった。
実際仙台の市街地なんかは夜遅くまで賑わってて影響を感じない程だったんだけど
津波のきた地域だけガラッと様子が変わっててね。。
かなり地盤沈下も激しいから元通りにするのは難しそう。

私達ができる事にはかぎりがあるけど
東北の物を選んで買うようにしたいし、また東北に行きたいと思ってるよ。

あ、そうだ。ゆーきさんには仙台土産があるので今度会ったときにでも♪

投稿: cherie | 2012年9月12日 (水) 17時10分

先日、たまたま誰かのリンクかなにかで知ったんだけど、自衛官が撮った映像とドキュメンタリー(YouTube) "自衛隊だけが撮った2011.03.11" 一時間くらい長いビデオだったかな、たぶん、現場ではこれ以上にもっとすさまじいドラマがあったと思うし、他の国のサポートとか、いろいろあったと思う。自衛官の若い方達のコメント、指揮官のコメント、ぐっときた。日本圏外だけど、復興が進む事、原発問題の解決、心から願ってます。

投稿: Sachiko | 2012年9月16日 (日) 11時57分

>Sachikoさん

今回の震災で、日本国民は自衛隊の方々の必要性をすごく感じたと思う。
各国からも応援部隊も沢山きてくれて、
こういった災害があった場合一般市民が出来る事と、自衛隊のような組織ができることと全く違うものね。頭が下がる思いです。
 
本当にね、実際みた場所はごく一部なんだけど、この光景が果てしなく続いてると思うと
途方もなく感じたよ。
私が応援してるサッカーチームの川崎フロンターレの復興支援のスローガンが
「支援はブームじゃない」
というもので震災直後から今でもずっとチームとして支援を続けているんだけど
本当に長い期間支援を続けていかないといけないと肌で感じたよ。

投稿: cherie | 2012年9月17日 (月) 11時13分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« アウェイ仙台戦 | トップページ | Bubby’s横浜 »