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2013年5月18日 (土)

寿町から黄金町へ

東京のドヤ街、山谷にこの間行ったので
横浜のドヤ街にも行ってみる事にしました。

横浜のドヤ街は寿町という所で、関内から石川町へ向かう方の裏手にあります。
すぐ近くは横浜スタジアムだし、中華街だし、
横浜にこんな場所が存在している事を知らない人が多いのでは。

山谷が思いがけず明るくて治安もいい街だったので、
そんなに臆する事なく行ってみたらびっくり、寿町の方が数倍アングラ度が高い。
ちょっと写真を撮るのも憚れる雰囲気だったので写真もなしです。

そこにいる人達もあきらかに私達を警戒しているような目で見ているし
(どうみても場違いなのは私達だし)
独特の雰囲気の場所でした。
そして日泊まりの宿の値段も山谷に比べて安いです。
そして何故か車いすの老人の姿を多く目にしたし、日泊まりのところでも
「車椅子OK」的な張り紙がしてあったりしたので何か理由があるのでしょうか。

小さな立ち飲みのお店があったり、入り口にシートがのれんのようになっていて
中が見えないようになっているお店もありました。
労働センターがありますが、休日だったのもあり人気は少ない、平日は違うのでしょうか。

前回山谷から元吉原遊郭へ行ってみたので
今回は寿町から黄金町まで歩いて行ってみました。
黄金町もかつては風俗街で、売春宿で多くの外国人女性が働いていたそうです。
数年前県警の一斉摘発で一掃され、今では芸術の街にしようと町おこしをしているそうです。

黄金町。
この小さな店が連なっている場所がかつて売春宿でした。
Img_1705
今では小さなギャラリーなどが入っているようです。
角に産婦人科があり現在は閉院していました。
千束(元吉原遊郭)にも婦人科が多くみられたので、こちらの産婦人科も
やはり風俗街とは切ってもきれない関係だったのでしょうか。

黄金町へ行ってみてこの街をアートの街にするのはかなり難しいのでなないかと感じました。
実際アート関連であまりこの街の名前を聞かないのもあるし、
土地、場所というのはそれなりの理由があってそういう場所に発展していく物だと感じる。
昔から山の手、下町と分かれてきた場所はそこで生きてきた人達の歴史がある。
それをがらりと変えるのは至難の業ではないだろうか。

実際黄金町から風俗店は消えたけど、すぐお隣の伊勢佐木町には結構そういう店が目につく。
結局のところイタチごっこなのかもしれない。

物事には表と裏があって、表の世界は表の、裏の世界は裏の世界があって
全てを表にすることはできない。そして裏にすることも。

私が思うに、表のルールで全てを変えたとき、それは実際そこに住む人、
働く人の意向はあったのか?というのが重要だと思う。
そこにいる人達が「もっと治安のいい街にしてほしい」という希望があったならいいけれど
実際そこで飲食店なんかのお店を営んでいて、自分たちの生活の一部になっていたとしたら死活問題だ。
事実街は人気が少なくて死んだ街に見えた。

黄金町からまた歩いて中華街の方へ戻る事にした。
そうしたら途中で商店街発見。
横浜橋商店街という戦前からある商店街でした。
またまた横浜にこんなところがあるとは知らなかったなぁ。
Img_1707
活気のある商店街で、場所柄か中華や韓国料理のお店も多いですが、物価が安い!

川崎に住んでるとお隣の横浜市さんは「おしゃれな街」のイメージですが
(たぶん全国的にもそう)
横浜さんの表の顔だけでない裏の顔が見れてちょっと親近感がわいたのでした。



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