あの日の忘れ物をとりにいこう
我が愛するサッカーチーム。川崎フロンターレ。
ナビスコカップ、2年ぶりに決勝進出が決まりました!
2年前のあの日、
ゴール裏自由席で応援しようと、チケットは買ってありましたが
かなりの混雑が予想されるので夫はなんと朝5時から列にならんでおりました。
そういう私はインドネシアから帰国後ウイルス性腸炎にかかってしまい前日夜から絶不調。
夫と一緒に並ぶことはどうにもできずトイレにひきこもっておりました。
ナビスコ決勝は毎年11/3の文化の日の祝日なので病院もやってない。
でも市の休日診療所があいていたのでなんとかユニフォームも持参で何とか病院へ。
熱も38度以上あってお腹は壊れ、点滴をしてもらいました。
普通ならサッカー観戦なんて行ける状態じゃない。
お医者様にも「どうしてもの用事でなければ休んでいなさいと」と言われたものの、
「どうしてもの用事」なのです。だってナビスコ決勝。
ずっと逃し続けてきた栄冠、初タイトルをこの目で見たい。
最寄駅から国立競技場まで正直意識がもうろうとしていて
どうやってたどり着いたかあまり記憶がありません。
よろよろの状況で国立に着いたものの、寒気はするしぐったり。
夫は頑張ってなんと最前列の席を確保してくれていました。
しかし座っていても寒気は収まらず、試合開始まで時間があるので医務室へ行くことに。
お医者様と看護婦さんが常駐されていたのでしばらくベットで休ませてもらいました。
でも試合が始まってしまうと、興奮したり、人が多くて具合が悪くなる人が
どんどん医務室にくるからベットをあけなくちゃいけないし
できれば帰宅したほうがいいんじゃないかとお医者様に諭されながら
ここまで来て帰りたくなくてだんだん陽射しも出てきて温かくなってきたので席に戻る事にしました。
医務室から席に戻る途中はちょうど選手たちの控室とミックスゾーンがありました。
そこでフロンターレの選手達と監督がいました。
一声かけようかとも迷ったのだけど、意識も朦朧としているし
迷惑かなとそのまま歩いて去りました。
この日はかいこさんも観戦に一緒に来てくれたので
青ざめた私の表情をみて心配してくれていました。
そして結果はガンバに1-0で敗退。
声出してチャント歌って跳んで応援したかったけどできなかった。
体も心もボロボロの状態で「決勝で負けた」事実をなかなか理解できない。
涙もその時はでなかった。
でも時間がたつにつれ「負けたんだ・・・」と悲しさがこみあげてきた。
あれから二年たつけどフロンターレはまだ無冠。
毎年何かのタイトルで2位にはなるけどシルバーコレクター。
今年こそ表彰台の一番上にたちたい。
関さんの胴上げをみたい。
今年のナビスコ準々決勝アントラーズ戦を見ながら少しだけ泣いた。
点も入ってない何気ないプレーの途中だったのだけど
ケンゴをジュニを見ながら思った。
「今のフロンターレでタイトルが獲りたい、獲らせてあげたい」
カムさんのインタビューで
「毎年タイトルが取りたいと常に願っている。チームはずっと変わらずあるけどチームメイトは毎年いなくなる奴もいるし今このチームでタイトルが獲りたい」
その言葉を思い出していた。
今年は朝5時から並ぶのは体力的にもきついので
後援会先行予約で販売時刻で指定席をゲット。
なんと指定席1分で完売だそう。取れてよかった・・・
2年前に使うはずだった水色の紙テープ、まだ取ってある。
今年こそ国立競技場を水色テープで染めよう。






フクアリ
この日は試合開始前からサポーターも応援に気合い入ってました
沖縄出身、我那覇選手家直伝の
店内はフロンタサポでいっぱいに
J1準優勝の記念盾!
憲剛の日本代表時のユニフォーム
最近のコメント